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黄表紙作品鑑賞 其の参

 ここには、京伝の黄表紙を中心に、作品を紹介しています。

廓中丁字(かくちゅうちょうじ)黄表紙  天明5年(1785)山東京伝(北尾政演)作画。江戸通油町鶴屋喜右衛門刊。
  「金々先生栄花夢」恋川春町が「邯鄲の夢」を構想に用いているように、夢は黄表紙に好んで取り入れられた。本作は「荘子」の、荘周が夢に蝶と化した物語にこじつけ、様々な人間や事柄を夢の中に持ち込み、蝶づくしとする。
 荘子郎は、春ののどかな日に夢を見る。蝶五郎と蝶吉は、朱雀院で舞い、官女の小蝶は蝶五郎を見そめる。二人は駆け落ちするが、生活に困り、小蝶は吉原へ。下駄屋をしていた蝶五郎はおそわれる。小蝶は唐土の帝に身請けされるが、蝶となって、日本に帰り、蝶五郎と結ばれる。
 異国情緒と諧謔が効いた作品。
江戸春一夜千両(えどのはるいちやせんりょう)黄表紙  天明6年(1786)山東京伝(北尾政演)作画。江戸通油町蔦屋重三郎刊。
 金があって困るという趣向は、現実を裏返すという黄表紙得意のものである。
 金持ちの右エ門はこの金を生かして今晩中に使ったものには一倍増しにしてやろうと言う。五百両渡された番頭は、田地を買おうとするが、一晩ではどうにもならず、吉原に行こうか深川に行こうか迷っている。それを横目に、二百両持たされた手代は、気味悪がられながらも深川中を買い切る。女房は三百両も着るものを買おうとし、下女は二十両を小間物に、七両二分の丁稚は天ぷらとすしをたくさん食べて気分が悪くなる。隠居は五百両をお寺に寄付しようとして、「金づくで菩提が問われるか」と和尚に打たれる。飯炊きはいっそ五十両を追い剥ぎにとられてしまおうとするが、着物までとられてはたまらないと越中一つになるが、狐に化かされただけ、千両使わなければならない息子は、女郎の仕着せ、新造出し、いろいろやっても残った300両、母親にうまく押しつけ百万両の身代を受け継ぐ。
 それぞれの普段の希望が、不相応に得た金銭的自由に翻弄されるおかしさを描いた作品である。後摺りも何度か出ている。
会通己恍惚照子(かいつううぬぼれかがみ)黄表紙  天明8年(1788)山東京伝(北尾政演)画作。西宮新六刊。
 題名はを見分け知る懐中鏡の意味で、通人とうぬぼれた半可通が多かったことを示している。「江戸生艶気樺焼」の続編とも言われている。
 京屋伝二郎はもてないが、気位ばかり高い。吉原を思ってふかす煙草の煙から大明神が現れ、吉原の人情、通人の心いきなどが写る鏡を授かる。新調の羽織を見せびらかす者、はやりの狂言をまねる者、抱え主をおそれ、金持ちの色男が大好きな女郎、客に送る文を印刷する女郎など、鏡は吉原の様子を映し出す。最後に再び大明神が現れ、通への道は、うぬぼれはやめ、女郎にこっちから惚れることと諭す。
 伝二郎が「京伝鼻」を付けているのに注目。
苦界十年色地獄(くがいじゅうねんいろじごく)黄表紙  寛政3年(1791)山東京伝作、鳥居清長画。江戸通油町鶴屋喜右衛門刊。
 遊女勤めのつらさを、作者を模した狂伝和尚が説法する。  遊女になるのは、貧しい家の娘が、親兄弟のために、吉原の色地獄に落ちるものだ。女衒や抱え主に値踏みされ、禿となり、水揚げがすむ。六道の辻に迷い、餓鬼道の苦しみ、畜生道を辛抱、針の山、八寒地獄、灼熱地獄、抜舌地獄、修羅道、血の池地獄、無間地獄など、仏に請け出されるまで、それぞれの苦しみにこじつけた遊女のありざまが示される。
 当局の取り締まりへの配慮から、洒落や諧謔は見られず、人間性の主張が前面に出ている作品である。
傾城(けい)(けいせいけい)洒落本  天明8年(1788)山東京伝作。江戸通油町蔦屋重三郎刊。




 「俳諧(けい)」のパロディで、その形式を借りて、遊女の情報を記したもの。
松葉屋の瀬川のページであろうか。





客衆肝照子(きゃくしゅきもかがみ)洒落本  天明6年(1786)山東京伝作。江戸通油町蔦屋重三郎刊。




 役者の身振り、せりふを絵本仕立てにした「役者氷面鏡」のパロディで、吉原ゆかりの人間の類型を
表現している。見えるのは、褄をとる振袖新造。










娼妓絹篩(篩→正しくは竹かんむりに麗)(しょうぎきぬぶるい)洒落本  寛政3年(1791)山東京伝作。江戸通油町蔦屋重三郎刊。




  梅川、忠兵衛を主人公とし、感傷的な雰囲気の漂う作品。(らしい)
 是非一度読んでみたい。







堪忍袋緒〆善玉(かんにんぶくろおじめのぜんだま)黄表紙  寛政5年(1793)山東京伝画作。江戸通油町蔦屋重三郎刊。




 左に見えるのが、京伝鼻の京伝、右が蔦谷重三郎、お茶をだす菊園の図。
 新婚家庭の喜びがうかがえる。










人心鏡写絵(ひとごころかがみのうつしえ)黄表紙  寛政8年(1796)山東京伝画作。江戸通油町蔦谷重三郎刊。
 京伝鼻の京伝がご挨拶する最終ページ。手前右に見えるのは蔦屋重三郎。(袖の紋に注目)

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